【縄文鉄器】のブログです。 色々と書いてます。。。since 2012.9.12
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『火花』/又吉直樹


内容(「BOOK」データベースより)
お笑い芸人二人。
奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。
笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。
神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。
彼らの人生はどう変転していくのか。
人間存在の根本を見つめた真摯な筆致が感動を呼ぶ!「文學界」を史上初の大増刷に導いた話題作。



又吉さんの小説。
そして芥川賞受賞作。(関連記事/芥川賞について:http://joumontekki.blog.fc2.com/blog-entry-1301.html)
自分が抱いていた『火花』のイメージとは違って読みやすかった。
ただ、悪い意味ではないと断っておくけれど、ストーリーが平坦で、内容があまり印象に残ってない。
主人公に確固たる目的があるわけでもなく、行動を迫られるような重大な事件が起こるわけでもない。
神谷を中心とした日常に、主人公徳永の心理描写が付加されてるだけという感じ。
その神谷をあまり魅力的に描けてなかったのも、内容の希薄さに拍車をかけているように思う。
作風が穏やかだから、あまり奇抜なキャラを登場させるわけにはいかなかったのかもしれないけれど。
小説のキャラクターって「こいつはどんな人物で、これからどんな行動をとるんだろう」と思わせたら勝ちだと思う。
そういう意味では、神谷は読者の心を掴めなかったのかもしれない。
個人的には芥川賞に足るかどうかってことより、これからの作品に期待してる部分のほうが大きいかな。

文章の出来不出来はあまり気にならないほうだけれど、所々、長い文章があって少し読みづらかった。
人が文章を読む際、句点ごとに頭で内容を整理するらしく、50文字以内が読みやすいと聞いたことがある。←これで49文字
情景描写は綺麗なんだけれどね。

芥川賞は純文学を担保するものではないけれど、これは純文学と認識されてるのかな。
この作品が純文学だとして、純文学の基準で採点すれば秀作なのかもしれない。
そもそも「純文学」の定義ってなんなんだろうね。

Wikiより
-純文学(じゅんぶんがく)は、大衆小説に対して「娯楽性」よりも「芸術性」に重きを置いている小説を総称する、日本文学における用語。-


Wikiではこうなってるけれど、明確な定義付けはされてないように思う。
レビューとかで、「この本は純文学とは言えない」なんてコメントを見るけれど、純文学かどうかを決めるのはレビュワーだったということか(笑)
あるいは、ライトノベル程度の定義の言葉かもしれない。
ライトノベルは、元々「挿絵入りの小説」のことを示していたはずだけれど、今や「アニメ調の表紙で描かれた表紙を持つ、某出版社からの出版物」をライトノベルと呼ぶ感じだからね。
純文学も、「特定出版社から出版されたもっさり重たい印象を与える出版物」(定義は適当)なら、まじでラノベレベルだと思うんだが(笑)

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