【縄文鉄器】のブログです。 色々と書いてます。。。since 2012.9.12
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道徳教育について
ふと、道徳とはなんぞやと思ったので。
こういうときに短く膝を打つ言葉でまとめられると気持ちがいいのよなw

さて。
道徳教育の問題が取りざたされることはなにかとあるけれど、個人的には学校で道徳教育を行うことほど無駄なことはないと思うのよな。
教育でわざわざ道徳を教えようというのが間違い。
日本で生まれ育っていたら、道徳的な行いがなんなのかは自然と身についてしまう。
たとえば殺人事件にしても、「殺人をしてはいけないなんて知らなかった」なんてケースは稀なわけで。
やるべきこと、やるべきでないことは学校という場で教わらなくても知るもので、わざわざ学校でやる意味はないと思う。
そもそものところを言ってしまえば、道徳というのは頭で学ぶものではなくて、身体で学ぶものなのな。
身近な例として、例えば友人で集まってゲームか片手にポテトチップスをつまむときを考える。
そのとき、それをひとり占めにして食べるのではなく、皆で共有して食べる、という人が大半だと思う。
そこに理由をつけるなら、「一人で独占して食べていたら、今後他の人からお菓子を分けてもらえなくなるから」っていう理由がつけられるわけだけれど、そんなことは机の上で教師から教わって学んだわけじゃない。
ポテチの封を開けるときに、いちいちそんなことを意識しているの人も稀であるはず。
それは、幼いころから経験して身に着けた所作であって、ポテトチップスの例で言うなら、「目の前で分けてもらう」「自分から分ける」という体験をしないことには、いくら教室で「ポテトチップスを皆に分けてあげることはよいことですよ」って言ったって仕方がないように思う。
と、きわめて限定された例を語ったわけだけれど、その例は道徳教育を考える上で広範に成り立つと思うのよな。

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