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現代に響く縄文の音色! ジャンベ太鼓・縄文太鼓の演奏家・茂呂剛伸さん(35)
現代に響く縄文の音色! ジャンベ太鼓・縄文太鼓の演奏家・茂呂剛伸さん(35)
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130810/ent13081007000001-n1.htm

 北海道の縄文芸術を発信し続けるアーティストをご存じだろうか。アフリカの太鼓ジャンベの演奏家でもある茂呂剛伸(もろ・ごうしん)さん(35)だ。土器とエゾジカの皮で作られた楽器の独特の音色は、北海道の新たな魅力を感じずにはいられない。(松垣透)

 茂呂さんは江別市出身で、子供のころから和太鼓を習っていた。「一芸があったら人生が楽しくなる」と両親が考え、小、中学、高校と和太鼓の演奏に励んだ。

 19歳の頃、ストリートミュージシャンが演奏していた楽器ジャンベに出会った。茂呂さんはすぐにジャンベのとりこになった。「自分の求めていたものはこれだ」と一緒に即興演奏をした。当然、ジャンベは持っていなかったから、茂呂さんは和太鼓だった。

 熱心な姿にミュージシャンの誘いを受け、2000人の前で演奏もした。歓声と拍手を浴びながら「これを一生の仕事に」と思うようになった。

 茂呂さんは「プロになるためには本場で学ばなければ」と西アフリカ行きを決意。ビザ取得のため道内でガーナ人を探し、偶然来日し、北海道を訪れていたパーカッション奏者に紹介状を書いてもらった。

 ガーナで1年間、研鑽を積んで帰国。「西アフリカの演奏家としてやっていたが正直受けなかった」と振り返る。演奏だけでも生活はできたが、さらなるステップアップを考えた。

 まずは「普通の生活をする」ため、父親の会社を手伝うことにした。「経済について意識するようになった。結果的にフィールドが2つできたのは良かった」

 帰国後の茂呂さんはジャンベを作るため、台風で倒れた木を受け取りに出かけたりしたが、納得できるものはなかった。そうした頃に詩人の原子修さんと知り合った。

 「縄文太鼓を作って、世界に発信したら」

 原子さんの言葉に自然と応じ縄文文化を学ぶことになった。北海道には豊かな縄文文化があった。茂呂さんはジャンベを土器で作り、当初はヤギの皮を張って音を出した。

 「楽器と会話しながら、縄文太鼓を作った。常に新しいものが生まれるように願いながら」

 茂呂さんは演奏者であるだけでなく、楽器の制作者でもある。

 「寒いところだから、きっと室内でたたいていたのだろう。だから大きい音でなく、優しく奏でていたと思う」と想像を膨らませる。

 常に太鼓をたたいている茂呂さんの手に触れさせてもらった。

 「力を入れているように見えるかもしれないが、力はいらない。触れているだけ。マメやタコはできない。演奏しているときが一番楽しい」と話した。その手のように茂呂さんから出てくる言葉も優しい。

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